2010年6月21日月曜日

rwanda

今日、授業でルワンダの内戦からの復興のドキュメンタリーを見た。
「もし自分だったら」
そう考えると涙が止まらない。
昨日まで仲良しだった近所の人々に
家族を、恋人を、友人を殺され、
体中に傷をつけられ、一人生き残る。
幸せな生活から
急に地獄に引きずり落とされる。
まだ、共に殺され、家族と一緒のほうが幸せだったろう。
生き残るということは、
それまでの家族、友人、恋人との楽しい時間、
目の前で裏切られ、殺されるという胸が張り裂けそうな程の受け入れがたい現実

そのすべてを、全ての思い出と闘い、生きていかなければならないのである。
それほど、辛いものはあるだろうか?


絶望の淵に一人立ち、
何ができるだろう?
耐えられないほどの憎しみと悲しみを一生背負っていく。

それだけにとどまらず、
被害者は前に進むために加害者を赦そうとしている。

言葉がでない。

自分の夫を、妹を、子供たちを殺した張本人と
握手をして、抱擁して。(強制的ではないが)
加害者は罪を償い、被害者は加害者を赦そうと葛藤する。

もしも加害者が謝罪の意とともに心の底から償いたいという気持ちがあれば、
被害者も少しは救われるであろうが、
もしその気持ちが偽りであれば、
何にもならないのである。



就活、
まだ内定が出たわけじゃないけど、
このままでいいんかな。
なにか、どうにかして悲しむ人たちを助けたい。
悲しみが起こる前に
事件を防ぎたい。

無理なことも、予想外のことも、
起こるのは当たり前ってわかってる。

でもじっとしてるのも気持ちが落ち着かない。
ただのきれいごと?
ただ偽善者ぶってるだけ?

よくわからない。
そうかもしれんけど、
何かが心の中で引っかかる。

平和を知らない子供たち。
おいしいもの口にすることなくしんでいく人々。
地雷に、病に、エイズ、飢餓におびえ
予防する手段さえ知らない。

どこかのHPに載ってたけど、
先進国が発展途上の国々の貧困サイクルをつくりだしてるっていう記事を読んだことある。

勉強ができない現実がまた、貧困を生みだす。


先進国の人々はどれだけ余った食材、資源を捨てているんだろう?
こんな格差はずっと存在していっていいわけがない。

浅はかかもしれないけど
こんな思いが最近心の中をぐるぐるまわる。

0 件のコメント:

コメントを投稿